本文へ移動

理事長先生・園長先生の一言

RSS(別ウィンドウで開きます) 

『鳥取カトリック教会に赴任して七カ月が過ぎようとしている今について』

2018-11-01
Ⅰ「ハロウィンと死者の日の関係について」
 久しぶりにブログを書く気になったのですが、気が付けば6月に書いたきりになっているのではないでしょうか。何というだらしなさだろうかと自分が自分で嫌になっています。お待ち下さっていた方々には誠に申し訳なく思います。お許しください。
 私立の女子中学・高等学校で働いていた時に、先生方に「ハロウィン」について話をしてほしいと頼まれて30分くらいのお話をさせて頂いたように思います。調べているうちにいくつかの事がはっきりしてきました。キリスト教とは一切関係なく、単純に「かぼちゃ」の収穫祭がアメリカの一部で行われ、それが世界中に広まって現在があること。ゾンビや死者の怖いお化けに扮するのは次の日がキリスト教の死者の日であり、カーニバルほど派手にできないと考えたらしいという事まで分かってきました。子どもたちも含めて、ユーモアと楽しさに満ちたハロウィン祭であることは間違いないようです。
 
Ⅱ「鳥取という街に住んでみて」
 鳥取に来てようやく6カ月が過ぎました。幼稚園の様子も教会の様子も何となく理解できているような、できていないような微妙な状況です。たった6ヶ月の間に人の不思議さ、優しさ、思いやりの深さを感じさせてもらえる機会もいただきました。本当に神に感謝の日々を送らせていただいています。「人の思いをはるかに超えた、神の計らい」のすごさに本当に驚いています。
 「鳥取という町は、陸の孤島です」と、たまに行く喫茶店のマスターが鳥取市を説明してくれる時に言う言葉です。確かに、広島には月に2回、岡山には月1回、その他の会議で岡山鳥取地区の各教会に行っていますが、ともかく長い距離を車で走って目的地まで到達するという現実があります。例えば津山まで行こうと思うと、鳥取道に乗って、智頭で高速を降りて山道を登り、そして降りてから、まだ長い道のりが残っています。あっと言う間に1時間や2時間が過ぎていることにようやく慣れてきました。同時に喫茶店のマスターがいう「陸の孤島」という意味も身に染みて分かってきたようにも思います。
 
Ⅲ「久松山を登る」
 食事のたびに司祭館の食堂から久松山の天辺が見えます、事務の先生の願いして久松山について調べて頂きました。260メートルの高さの山で県庁の裏手から登るとかなり急こう配で、きついというようなコメントがついていたように思います。歴史的には古く、鳥取の人にとっては忘れることが出来ない大切な山であるとも聞きました。
 私の故郷は、長崎県の佐世保市という町で小さい頃は弓張岳中腹の山の斜面に住んでいました。小学校まで毎日4キロの道を歩いて通っていました。標高差が250メートルくらいで毎日学校と自宅を往復していたことを思い出します。
久松山の高さがちょうどそれくらいの高さだと気が付きました。それで一度は登りたいと思っていましたが、「クマが出る」とか「イノシシが出没する」とか言われて、何となく登りかねていました。それでも幼稚園にクマよけのために鈴を借りたりして準備だけはしていました。暑い夏もようやく終わり、9月の運動会が終わった後に初挑戦でした。沢山の人達に追い抜かれ、励まされて1時間くらいかかってようやく初登頂を果たしました。降りる時は20分ほどで登山口に戻りましたが、久しぶりに登って膝が笑い、汗を絞り出しての登山でした。でも飛行場や砂丘、鳥取市の光景が一望できて達成感がありました。
それから今日まで、4回の登山を試みました。時間も多少短くなり、30分を切りたいと思うようになってきましたが、いろんな人がいる事に気が付きます。4回目の登山の時には、作務衣を着て裸足ですいすいと登っている人がいましたし、80歳のご夫婦がゆっくりと楽しそうに登山を楽しんでいらっしゃる姿に一緒に嬉しくなったりしました。これからも時間を見つけて登りたいと思っています。
 
Ⅳ「枡野俊明(ますの しゅんみょう)さんの本に出会った事」
先日、時間があったので、市内の本屋さんに出かけました。本を眺めて歩いているうちに平積みになった本の表紙に「限りなくシンプルに、豊かに暮らす」枡野俊明著という文字が見えました。かつてカトリックのミッション・スクールで働いていた時に、高校2年生の授業で「座禅の体験」を2泊3日で行っていました。その時の指導を受けて下さっていたのが曹洞宗徳雄山建功寺の住職をなさっていたこの方でした。枡野さんは、本当にわかりやすく禅の手ほどきをして下さり、生徒たちも非常に喜んで就寝時間ぎりぎりまで、座っていたことを思い出しました。私が学校を辞める時に、「私もご一緒して辞めさせていただいてもよろしいでしょうか」と謙虚におっしゃられたことを忘れることが出来ません。
もともと住職を務めながら、世界各国に招かれて大使館や、博物館の庭(禅の庭)を作ることを頼まれている人です。さらに大学の建築学科で教え、このごろはテレビ出演も増えて私もよくテレビで顔を見させてもらっています。しかし、いつも変わらない謙虚な姿勢と物腰を見ていますと、自分の未熟さと足りないものがなんであるかを教えて頂いている気持ちになります。
 ※「「限りなくシンプルに、豊かに暮らす」枡野俊明著PHP研究所 ¥1000

ミッション(使命)について

2018-06-25
 小さき花園幼稚園のホームページにブログを書きたいと言い出してから、早1か月が過ぎてしまいました。今年の5月8日に理事長として理事会で選出 、たくさんのことを考えました。今も正確には考えている最中ですが、少しずつできることからやっていきたいと思っています。
 
 13年間モンテッソーリ教育を行っている幼稚園の園長をさせていただきました。「子どもの自立を促す教育」として教師が中心ではなく、補助者として徹していかなければならないことを先生方には教え、自らそれに徹してきたつもりです。そして子どもたちはその教育の素晴らしい結果を私たちに示してくれました。その時はモンテッソーリ教育の素晴らしさを実感していたように思います。
 この度、赴任してきた鳥取教会の傍にある小さき花園幼稚園の教育は「一斉教育」でした。眺めているうちに、自分は園長として、もちろん理事長としては初めてのことですが、「一斉教育」について何も経験がないということに気が付いたのです。子どもたち一人ひとりを眺めていると、子どもたちの素直さや優しさや、我慢強さがどういう一斉教育から生まれてきたのかがまったく見えません。しかし、現に今までの教育の結果、そのような子どもたちが目の前にいるという事実は変わらないのです。
 そのことに気が付いた時からなんだか楽しくなってきました。戦前から存在していたこの幼稚園が、まだまだ限りない可能性をもって平成の時代にも存在し続ける意味を見いだしたのです。戦後20数年間は、神父様によって経営されていました、その後50年以上もの間、引き継がれたシスター方の熱心な教育によって現在があることを忘れてはなりませんし、感謝しなければならないことなのです。
 そして忘れてはならないことは、シスター方も私も、同じ「使命」をもってこの幼稚園に派遣されてきたということです。それはこの幼稚園が隣の教会が創立されてからしばらくして「保育所」が建てられ、そののち私立の幼稚園として認可されてから今に至るまでぶれることなく守り続けられてきた「使命」がありました。それはキリスト教の本質を伝え「人としてどのように生きることが素晴らしいことかを教える」使命でした。
 今使われている「ミッション・スクール」という言葉は、シスターが経営しているキリスト教系の学校を指す言葉になってしまいました。私が6年間校長を務めた「福山暁の星女子中学・高等学校」もまた戦後空襲によって教育ができなくなった福山(広島県福山市)に、イエズス会の神父様がローマで援助マリア会のシスターに「女子教育」を行ってほしいと願ったことから5人のフランス人シスターの来日によって始まった学校でした。
 学校の目標は「Women for others」(他者のために生きる女性を育てる)という人間教育が目標でした。この「他者のために生きる」ということは大変困難な目標であることは、私たちが「自分が、自分が」という「自我」の中でしか生きられないことを見てもよくわかると思います。他者のために生きるとは、他者を幸せにすることが自分の幸せにつながるという価値観を持たなければならないからです。
 
 新約聖書のパウロのことばに次のような一節があります。「愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない、礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、全てを信じ、全てを望み、すべてに耐える。」(Ⅰコリント書13章4~7)
 この場合の「愛」は、私たち人間の弱く、自己中心的な愛ではありません。神が人間を愛し、子であるイエスをこの地上に送って下さり(クリスマスの出来事です)、最後まで私たち人間を愛してくださったその愛こそが、「他者を幸せにする」ために自らがどうあるべきかを教えて下さった「神の愛」なのです。その中心にはマリア様とイエスさまがいらっしゃいます。
 そのことを機会あるたびに中高生には教え、語ってきました。すぐに変わるわけではありませんが、小さな出来事の中でその「愛」の実践も見ることができました。例えば自転車置き場で自分の不注意から多くの自転車を倒してしまい、自転車置き場の約半分が横倒しになったとき、先輩の高校生がやってきて黙って、倒れた自転車を一台いちだい起こすのを手伝ってくれたという出来事もすばらしい「愛」の実践です。そのことを学期が終わるときに担任の先生から教えていただきました。
 
 素直な心で優しく、我慢強い子どもたちを育てることの根底には、先生方がもたなければならない愛の精神が必要です。その愛はキリスト教的愛に基づくものでなければなりません。
 そういう精神的な教えを先生方に与え続けてこられた歴代の園長先生方の努力はかけがえのないものだと改めて思います。そしてこれからも継続していかなければならない大切なことです。別の言い方をすると、それが「小さき花園幼稚園」の特色の一つだと思います。
 一日いちにちを大切にして、日々成長を見せてくれるのは子どもたちです。それを見ながら、「私たちも日々成長しながら生きていく」ことが求められているように思います。子どもたちが心と体が成長していくように、私たちの心も成長させなければなりません。前向きに考え、苦しみに正面から向き合う力は、神様からの助けがなければ自分のものとすることはできないのです。子どもたちと共に心を込めて神様に祈りたいと思います。
 
 最初の「ブログ」を終えるのにあたり、この幼稚園が多くの人に知られ、素晴らしい教育の成果を上げていることを知っていただきたいと強く願っています。古くからある幼稚園だからと言って時代が変われば、人も変わりますし、知られているつもりでも多くの人々には中身がわからない幼稚園になってしまっているかもしれません。少しでも幼稚園の内側を正しく理解していただく広報活動や変わらぬ一貫した教育方針をもって子どもたちと共に成長したいものだと思います。
 最後になりましたが、忍耐強くこのブログを読んでくださった皆様に心から感謝すると同時に、これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。
                                                                                                                                                         小さき花園幼稚園 理事長 山口 道晴

お久しぶりです

2018-05-30
 今、幼稚園の花壇やつつじの茂みの中から、顔を出している動物のプレート。
新しく仲間入りした、かえる・かたつむり・かばなど子ども達の目線の先に並んでいる可愛い色の小動物達です。
嬉しく喜び合う子ども達の笑い声が聞こえてきます。
入園して2か月。子ども達は友だちとの関わり合いの中で、遊びが広がりつつあります。ご家庭の温かさの中から、友だちや先生との関わりの輪が園生活を通して深まっていくのでしょうか。でも、お母さんが大好きと話してくれる顔は輝いています。
 
5月31日はマリア様をたたええる行事を致します。
全ての人々の母であるマリア様
いつも見守って下さるマリア様
イエズス様に祈って下さるマリア様
子ども達は声を合わせて喜びの歌を歌いマリア様をたたえます。
明るい笑顔で、2、3、4、5歳のこの時を大切に過ごしていきたいと思います。
これからは、小さき花園幼稚園の理事長であり、鳥取カトリック教会の主任司祭である山口神父様がお話してくださいますので、これからもよろしくお付き合い下さい。
 
                                                              園長

新学期がスタートします

2018-04-06
穏やかな春日和が続き、桜の花もきれいに満開を迎え私たちの目を楽しませてくれました。
 
4月、いよいよ新学期がスタートします。
子ども達と一緒に手を合わせお祈りをしたり、先生方の話に耳を澄ませたり、お友達と力強く園庭を駆け回ったりして、幼稚園の中が賑やかな楽しい声が響きわたります。
新入園児にとっては、泣きますね。
幼稚園生活のはじめの時、誰でもが経験することです。
大きな声で泣いても、安心してください。泣くことによって、言葉や感情、要求などの表現の一つであり、一つずつ周りを見えてくると自分自身にも納得がいくようになり、お友達と一緒に活動が出来るようになると思います。
お母さま方にとっては心いためることでしょうが、子どもたちの成長の過程を見守って下さると嬉しいです。
 
神さまの見守りを願いましょう。

祈り

今年は一段と寒い2月でしたが、子どもたちの明るい元気な笑い声に助けられ、春、弥生の月を迎えました。
 
入園・進級して1年が過ぎ、改めて子どもたちのお祈りする姿を後ろから見て、感じるところがありました。
毎朝、マリア像の前での挨拶。
クラス全員でする朝のお祈り。
食事の前後に手を合わせてするお祈り。
そして、帰りのお祈りなどをしています。
 
4月に入園した時は、じっとする事もできません。
当たり前ですよね。
でも、毎日の園生活の中で、ゆっくりと繰り返しながら続けて来て、今、目を閉じ両手を合わせ、
背筋をピンと伸ばして祈る姿が身についてきたように思います。
神さまは、一人ひとりの姿を愛おしく、愛をそそぎながら見守って下さる。
でも、神様は姿や姿勢だけで心を傾けられる方ではありません。
小学校に行けば、忘れるでしょう。
この大切な幼児期に一つの事を子どもたちが身に付けてくれるのなら、これからいろんな所で手を合わせたり、
背筋を伸ばしたりする時があると思います。
その時に、小さきで祈ったことを思い出してくれるのならば、嬉しいです。
本当にきれいな祈りの姿勢、感謝します。
3月は晴れの日も続き、外遊びが活発になるでしょう。
身体全体を使って伸び伸びと遊び、いろんな経験を積んで一歩一歩成長するように願います。

学校法人小さき花園幼稚園
〒680-0022
鳥取県鳥取市西町1丁目455
TEL.0857-26-5141
FAX.0857-21-4152

───────────────
幼児教育
───────────────

3
5
4
4
6
6
Google

WWW を検索
chisaki.org を検索

TOPへ戻る